memo 推しに幸せになってほしい、というのが私の夢創作の基盤にあると思ってる。 私の推しは大体原作や今現在の状況に至るまでに不遇な状況に陥っていたり、負担が凄まじいところがある。 バブさんは違うが。 推しは自身の力で己の幸福を手にしようとしていて、彼の交友関係や成長の中でそうした壁を乗り越えている人もいる。(多喜二さんとか) 幸せになって欲しいという願望自体が烏滸がましいなと思うこともあるけど、すでに幸福を享受していても、そこに限りはないので+αとしてもっと、と思ってしまう。 当然、夢主の存在が一概に幸福につながるかというとそれは簡単にそう言えるものではなくて、むしろ存在すること・恋愛という感情を抱くことで精神的な変動は大きく発生して、その存在が負担になることもある。 なにより物語には起承転結があり、その道程には必ず問題提起というか、彼らにとってのなにかしら事件が起き、雨降って地固まるに至るまでの経緯が必要。 夢主が存在するならなおさらのこと、その意味や推しとの関係性の発展をその起承転結の中で描かなくてはいけない。 夢カプとして存在することによって生まれる葛藤の末に、ほんの少しでも推しにとって+となる幸福を添えられたら良いな…………などと思いながら阿弥いと小説書いてるんだけど〜〜〜〜また消した! 書き直し! 2023/07/25(Tue) 01:21:57
私の推しは大体原作や今現在の状況に至るまでに不遇な状況に陥っていたり、負担が凄まじいところがある。
バブさんは違うが。
推しは自身の力で己の幸福を手にしようとしていて、彼の交友関係や成長の中でそうした壁を乗り越えている人もいる。(多喜二さんとか)
幸せになって欲しいという願望自体が烏滸がましいなと思うこともあるけど、すでに幸福を享受していても、そこに限りはないので+αとしてもっと、と思ってしまう。
当然、夢主の存在が一概に幸福につながるかというとそれは簡単にそう言えるものではなくて、むしろ存在すること・恋愛という感情を抱くことで精神的な変動は大きく発生して、その存在が負担になることもある。
なにより物語には起承転結があり、その道程には必ず問題提起というか、彼らにとってのなにかしら事件が起き、雨降って地固まるに至るまでの経緯が必要。
夢主が存在するならなおさらのこと、その意味や推しとの関係性の発展をその起承転結の中で描かなくてはいけない。
夢カプとして存在することによって生まれる葛藤の末に、ほんの少しでも推しにとって+となる幸福を添えられたら良いな…………などと思いながら阿弥いと小説書いてるんだけど〜〜〜〜また消した! 書き直し!